BLOG「芦田の毎日」: 〈教育〉と〈education〉という言葉の語源について(『シラバス論』272~277頁)
(…)特に中曽根臨教審第二次答申(1986年)の第二章には「家庭の教育力の回復」と独立して章があてられ、「(…)教育を学校のみの問題としてとらえがちであったことについて、家庭が反省し自らの役割や責任を自覚することが何よりも重要である」とある。自民党保守派の家族主義が独立した章にあてがわれるほどに臨教審のイデオロギー色は強い。私はこれを臨教審の曾野綾子主義と呼んだことがある。 教育現場では〝できない〟学生が発生し欠席が連続し退学予備軍が生まれると、保護者と連係を取ろうという動きが生まれるが、〝できない〟学生の保護者は保護者自体が困難な事情にある場合も多く、「家庭が反省し、自らの役割や責任を自覚する」余裕などほとんどないのが現状である。答申から30年以上経って、その現状は日増しに高まっている。教育現場(学校)が「学校(教育)だけではどうしようもない」と音を上げたときに、子どもたちが戻れる家庭などもはや存在しないのだ。 苅谷剛彦はいささか背伸び気味の近著『追いついた近代 消えた近代』(岩波書店、2019年)で、中曽根臨教審について独立の章を当てて ─ その臨教審をリードしてきた香山健一のテキストを参照しながら ─ 、その思想の特質を、西洋近代化を目指す「追いつき型教育」が軽視してきた「主体性」や「個性」と、「日本的な価値」としての修身的な「自立自助の精神」との「奇妙な結びつき」に見る。苅谷は香山の軽薄な脱近代化論に引き摺られてこんな解説になっているが、臨教審の本質は月並みな保守的家族主義にあり、保守的家族主義は、学校教育における「主体性」尊重や「個性」尊重という傾向とそもそもが親和的なのである。それは「奇妙」な親和性でも何でもない。 すでに触れたように(ブルデューが喝破したように)、それらは下位階層を構造化する「無色化」された「評価用語」に過ぎない。 そもそも〈教育〉という言葉の意味はなんだったのか。寺崎弘昭は、『孟子』の「得天下英才而教育之三楽也」(天下の英才を得て之を教育するは三の楽なり)の「教育」という言葉にまで遡る(「歴史のなかの教育」、天野郁夫編『教育への問い』所収、東京大学出版会、1997年)。しかし、「それが漢字文化圏たる日本においてその注釈というかたち以外で使われるのは江戸時代中期以降のことに属する」と、藤原敬子の研究(「我が国における『教育』という語に関